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日本の野球界には、依然として「先発完投」を理想とする風潮がある。スポーツライターの広尾晃さんは「いますぐ認識を改めるべきだ。昭和の時代と比べ現代の投手は体の負担が大きい。昭和の投手のように先発完投を続ければ、すぐにケガをしてしまう」という――。

■現実から乖離した「投手最高の賞」

10月24日沢村栄治賞沢村賞)の発表があり、2年連続でオリックス山本由伸が受賞した。その抜群の成績からして順当な結果ではあったが、堀内恒夫選考委員長は「1人しか選びようがない。選考するのは楽かもしれないけど、寂しい気がしないでもない」と感想を漏らした。この感想も近年では聞きなれたものになっている。

そもそも沢村賞とは、そのシーズンの両リーグで最も優秀な成績を残した先発投手1人に与えられる「投手最高の栄誉」だ。1947年制定。プロ野球草創期の大エースだった沢村栄治の名前を冠している。

選考基準は以下の7項目。1982年に制定された。

登板試合数―25試合以上
完投試合数―10試合以上
勝利数―15勝以上
勝率―6割以上
投球回数―200イニング以上
奪三振150個以上
防御率―2.50以下

しかし、この選考基準は先発・救援の「投手の分業」が進んだ現在では、現実から乖離(かいり)したものになっている。

■今のプロ野球選手は「ひ弱で過保護」

1982年2022年のこの選考基準の該当者を比較する。なお、1982年時点で沢村賞セ・リーグ限定だった。1989年からセ・パ両リーグ対象となったが、比較のために両リーグの該当者を挙げる。

登板試合数―25試合以上(先発に限定)
 1982年 25人(セ15人パ10人)
 2022年 6人(セ3人パ3人)

完投試合数―10試合以上
 1982年 21人(セ7人パ14人)
 2022年 0人(最高はセ6試合パ4試合)

勝利数―15勝以上
 1982年 9人(セ6人パ3人)
 2022年 1人(セ0人パ1人)

勝率―6割以上(規定投球回数以上)
 1982年 11人(セ7人パ4人)
 2022年 6人(セ3人パ3人)

投球回数―200イニング以上
 1982年 13人(セ7人パ6人)
 2022年 0人(最高は山本由伸193回)

奪三振150個以上
 1982年 5人(セ4人パ1人)
 2022年 4人(セ1人パ3人)

防御率―2.50以下
 1982年 6人(セ4人パ2人)
 2022年 7人(セ3人パ4人)

奪三振防御率を除く各指標で該当者が激減している。堀内選考委員長の「寂しい」はこのことを指している。

「昭和の時代」の投手や指導者の中には、これらの指標の達成度が低いことについて「今の投手は甘やかされている。ひ弱になった」と言う人が多い。

堀内氏もロッテ佐々木朗希に対し、

「伸びしろも多く、球界を背負って立つ投手になれるが、いかんせん(試合で)投げない」と過保護ぶりに苦言を呈した。

同じく選考委員の山田久志氏も「今が一番、体力と技術が身につく時期」と、もっと投げるように促した。

■ここ30年で投手の負担は激増している

しかし客観的に見れば、今の野球が「昭和の野球」に比べて「ひ弱で過保護」と決めつける根拠はほとんどない。

1982年当時、NPBで時速150km/hを記録した投手は中日の小松辰雄など数人しかいなかった。当時は140km/hを超えれば速球派だった。高校野球では「135km/h超の速球を投げる本格派」という表現があった。

しかし2022年では、各球団の半数以上の投手が150km/h以上の速球を投げる。160km/h以上を投げる投手も10人はいる。

また高校野球トップクラスの選手でも150km/hを投げる。阪神の森木大智は中学の軟式野球で150km/hを投げて注目された。

ここ40年で、日本の投手の球速は10km/h以上速くなっているのだ。つまり、投手の出力が大幅にアップして「投球強度」が増しているのだ。

投球強度が増大すれば、投手の肩肘にかかる負担は幾何級数的に大きくなる。球速160km/hを投げる投手は、140km/hの投手に比して故障のリスクはけた違いに増大する。

■「正直言って迷惑なんだよね」

昭和の大投手の時代のように「先発完投」を短いタームで繰り返せば、投手はあっという間に肘の靭帯(じんたい)を断裂したり、肩の内側筋肉を損傷して、投げることができなくなるのだ。

NPBの現場でもそのことは重々承知だ。今では2月1日キャンプインから投手の球数は練習も含めすべてカウントされ、厳重に管理されている。佐々木朗希のような逸材は、肩、肘、腰の状態を日々チェックし、異常があれば登板回避させている。

「もっとたくさん投げて沢村賞を取れって、えらいOBが言うのは、正直言って迷惑なんだよね」あるパ球団のブルペンコーチは言った。

しかしながら沢村賞選考委員に代表される「昭和の野球人」の影響力は依然として大きい。アマチュア野球の指導者の中には「先発完投型の投手を作る」ことを目標にしている指導者がいまだにいるのだ。

そういう指導者は

「何球投げたら故障するなんて、データで証明されていないじゃないか」
「正しいフォームで投げれば、何球投げても故障なんかしない」
「そもそも投球制限しているアメリカの方が肘を壊してトミー・ジョン手術(肘の側副靭帯再建手術)をしている選手はずっと多いじゃないか」

などと反論する。

■最新研究でわかった投手が故障するメカニズム

投手が投球過多で故障するメカニズムは、すでに解明されている。

2019年10月に来日した米国スポーツ医学研究所(ASMI)研究主任で大リーグ機構アドバイザーのグレンフライシグ(Glenn. S. Fleisig, Ph.D)博士は大阪大学の講演でMLBアメリカ野球界の「投球障害」の研究について発表した。

ASMIは、投手の肘・肩の障害について「エリート、プロ投手」と「若いアマチュア選手」に焦点を絞って20年以上前から追跡調査を行ってきた。

その結果として若い選手は「年間100イニング以上投げると障害発生率は3倍以上」になる。また試合で80球以上投げるとリスクは4倍、これを年間8カ月続けると5倍、疲労時に投球するとそのリスクは36倍になる。

またケガの危険因子は「投球数」「投球のメカニクス」「球速」「球種」「マウンド」があるとした。

さらに近年の「トミー・ジョン手術」の増加は、投手の平均球速の上昇と相関関係があることも示した。

■アメリカでは「球数制限」に誰も異論をはさまない

調査は人種別、居住する地域別に行われた。また、アメリカ人だけでなく日本人も研究対象となった。こうした大掛かりな研究結果に基づいて、アメリカでは少年野球投手の投球数、投球間隔を規制する「ピッチスマート」が導入された。

またMLB球団でも、これらの長期的な研究に基づいて「投球数」「投球間隔」「投球強度」に関して厳格な管理が行われるようになった。

アメリカの野球界では「球数制限」に関しての議論はすでに終わっていて、異論をはさむ人は皆無になっている。

投手の身体特性には「個体差」があるから「何球投げれば故障する」と断定することはできないが、レッドラインを設定することはできる。昭和の野球のような投球数、投球間隔で投げることはもはや不可能だ。

また、合理的なフォームで投げることによって、投球障がいのリスクが軽減されるのは事実だが、それでも何球投げても故障しないわけではない。球数がかさみ疲労が増大すればリスクも増大する。

トミー・ジョン手術の増加は「投手がひ弱だから」ではなく、投球強度(球速)が増大しているためだ。靱帯の損傷、断裂は「何球投げたから起こる」というものではなく、突発的に起こる。だから、指導者は常に投手のリスク軽減に努めなければならない。

■勉強不足の解説者が幅を利かせる日本

フライシグ博士らの研究は、日本も協力して行われた。その結果はアメリカだけでなく、NPBや日本のアマチュア球界の多くの指導者、研究者も共有している。

しかしながらプロ野球界にはいまだに「昭和の野球」の夢を追いかける指導者や解説者がいる。

中にはいまだに「若いうちは投げ込んで肘の靱帯を太く、強くしなければならない。この時期に球数制限なんか考えられない」とスポーツドクターが聞けば仰天するような「自説」を展開するベテラン評論家もいるのだ。

日本球界では、投球障がいのメカニズムや、最近の野球のトレンドも知らない「無知」「不勉強」な“有識者”がいまだに小さくない影響力を持っているのだ。

■球団にとって選手は大事な資産

MLB球団ではスター選手は複数年の大型契約を結ぶようになっている。総額100億円を超える契約も珍しくない。球団にしてみれば、こうした選手は「資産」であって、その運用には慎重にならざるを得ない。

特に投手は1試合、1球の投球によって肩肘を損傷し、場合によっては引退に追い込まれたりもする。一瞬にして「不良資産」になることもあるのだ。そのリスクを回避するのは、球団にとっては「ビジネスの帰趨」に関わる重大事だ。投球制限をシビアに実施するのは当然だ。

■「沢村賞」の基準を改定すべきこれだけの理由

沢村賞の話に戻ろう。この賞が本当に「現在の投手最高の栄誉」であるのなら、投手に「昭和の基準に合わせた投球を強いる」のではなく、反対に選考基準の方を時代に合わせてアップデートすべきではないか。

MLBでも投手最高の栄誉とされる「サイ・ヤング賞」がある。1956年制定だがこの賞は野球の進化に対応して、先発だけでなく救援投手も選考対象にしている。そして勝利数や防御率ではなく、選手成績の総合指標であるWAR(Wins Above Replacement)などさまざまな基準を参考に選考している。

沢村賞も近年、MLBのQS(Quality Start:先発で6回以上投げて自責点3以下、先発投手の最低限の責任とされる)に倣って「先発で7回以上投げて自責点3以下」を参考にしてはいるが、その他の選考基準は時代遅れと言わざるを得ない。

オリックス山本由伸はこの2年で6500球以上を投げた。投げすぎが懸念されたが、日本シリーズ第1戦で左脇腹を痛めて緊急降板した。来年のWBCの出場も不安視されている。過去にも沢村賞を受賞してから肩肘、腰などを痛めて成績が急落した投手がいた。

沢村賞」の選考基準を一つでも多くクリアしようとして、無理をしたことが故障につながったとすれば、本末転倒だろう。

2019年沖縄県石垣島ロッテ春季キャンプ、千葉からのツアーで来たとおぼしき年配の男性が、プレスパスを提げた筆者に近づき

佐々木朗希は、今日は投げないのか?」と聞いた。

「今日はノースローの予定です」と言うと、厳しい表情をして

「なぜ投げさせないんだ。若いうちから甘やかすとろくなことならんぞ」と言った。

世間には、こういう「昭和頭の野球好き」がまだたくさんいる。彼らの認識を改めさせるためにも「沢村賞」の基準を改定する時が来ている。

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広尾 晃(ひろお・こう)
スポーツライター
1959年大阪府生まれ。広告制作会社、旅行雑誌編集長などを経てフリーライターに。著書に『巨人軍の巨人 馬場正平』、『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』(共にイースト・プレス)などがある。

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沢村賞が該当者なしとなった経緯を説明する堀内恒夫委員長=2019年10月21日、東京都港区 - 写真=時事通信フォト


(出典 news.nicovideo.jp)

堀内 恒夫(ほりうち つねお、1948年1月16日 - )は、山梨県甲府市出身の元プロ野球選手(投手、右投右打)・監督・コーチ、野球解説者、政治家。 読売ジャイアンツのV9時代のエースとして活躍。2004年と2005年に巨人の監督を務めた。シーズン勝率(.889)のセ・リーグ記録を持ち、セ・リーグ…
59キロバイト (8,004 語) - 2022年10月7日 (金) 21:10


MLBからも大きく遅れを取る?

<このニュースへのネットの反応>

無理に完投させるなってのはそれはそうとしか言えないけど、逆に過保護になり過ぎるなとも思うなぁ。だってルール上、1球でアウト1個取れれば27球完投が出来る訳で。この球数なら今の抑え投手基準でもできる。全部3球ストライク三振だとしても81球。無理な数字とは分かっているけれどもその無理を押し通して活躍したからこその沢村賞じゃねぇのとは思うけどな。