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3月18日、春のセンバツの第1試合で、東北高校(宮城)の選手が敵失での出塁時に「ペッパーミルパフォーマンス」をしたことが物議を醸している。スポーツライター広尾晃さんは「高野連は『不要なパフォーマンスは慎むように』と異例の声明を出したが、なぜ高校生が野球を楽しんではいけないのか。高野連の態度は非常に残念だ」という――。

■ヌートバー選手がWBCで見せて話題に

3月18日、第95回記念選抜高校野球大会が甲子園で開幕した。コロナ禍が明けて、今年は応援もフルで認められ、マスク着用も任意になった。

開会式直後に行われた1回戦の第1試合では東北高校が山梨学院に1-3で敗れた。

初回、東北の1番・金子和志(3年)は相手のエラーで出塁した際に、自軍ベンチに向かって、「ペッパーミルパフォーマンス」を行った。

ペッパーミルパフォーマンス」とは、セントルイス・カージナルス外野手で、日系選手のラーズ・ヌートバーWBCワールドベースボールクラシック)の試合で出塁した際に見せて話題になったものだ。

両手でコショウ挽き(ペッパーミルラインダー)を使ってコショウを振りかけるマネをするものだ。

このパフォーマンスは、ヌートバーの専売特許ではなく、カージナルスではいろいろな選手がやっている。アルバート・プホルスなどのスター選手もやったことがある。

■それならなぜ「ガッツポーズ」は問題ないのか?

日本の高校球児が安打を打った際に塁上で見せる「ガッツポーズ」は、MLBでは、アンリトゥンルール(書かれざるルール、不文律)で禁じられている。安打を打たれた投手に、必要以上に「恥をかかせる」行為だからだ。ガッツポーズをした選手は、次の打席で投手からビーンボール(死球すれすれのボール)を投げられることもあった。

しかし「ペッパーミルパフォーマンス」は、ガッツポーズと同様とはみなされていない。これは相手チームに向かってひけらかすものではなく、味方ベンチに向かってするものであり「(コショウ挽きを使ってコショウを振りかけるように)小さなことからコツコツとつないでいこうぜ」というメッセージなのだ。

WBCでのヌートバーも味方ベンチに向けて「ペッパーミルパフォーマンス」をしているのだ。このパフォーマンスが話題になり、大谷翔平など他の選手もするようになった。

東北高校の金子も「さあ、つないでいこうぜ」というメッセージを自軍に向けて送ったのだが、一塁塁審は1回の終了後に「パフォーマンスはダメ」と東北高校側に注意をした。

■高野連が発表した「異例の声明」

試合が終わってから、東北高校佐藤洋監督は

「なんでこんなことで、子どもたちが楽しんでいる野球を大人が止めるのかな。ちょっと嫌というか。変えた方がいんじゃないのかなと。ちょっと思いましたね」

と話した。

この発言が大きな反響となったことで、日本高野連は同日中に異例の声明を発表。

高校野球としては、不要なパフォーマンスやジェスチャーは、従来より慎むようお願いしてきました。試合を楽しみたいという選手の気持ちは理解できますが、プレーで楽しんでほしいというのが当連盟の考え方です」

小さな出来事だが、これは、今の高校野球、日本球界の残念な状況を象徴している。

■WBCの驚異的な視聴率

今回のWBCは、1次ラウンド4試合と準決勝の試合すべてで世帯視聴率が40%を超えた。3月16日イタリア戦は48%。これは1994年10月8日の中日―巨人戦でフジテレビが記録した48.8%に匹敵するプロ野球中継史上屈指の数字だ。

29年前、プロ野球は「ナショナルパスタイム」であり、多くの国民が「夜は巨人戦のナイターを見る」という視聴習慣を持っていた。しかし今、プロ野球中継の地上波視聴率は5%ほど。プロ野球を全く見ない国民が大半を占めるようになっている。そんな中でのこの数字は驚異的だ。

日本球界は、こぞってこの「WBCブーム」に乗って、退潮久しい日本野球の人気挽回に取り組むべき時なのだ。事実、この日、日本高野連の宝馨(たから かおる)会長は開会式のあいさつ

「(WBCの)日本代表チームは大活躍しており、野球熱は最高潮に達していると思います。世界でも何億人という方が、このボールに注目しています。みなさんどうぞ頑張ってください。今日からは高校野球の番です。みなさんの出番です」と言った。WBCとの連動を口にはしているのだ。

しかし、同時に日本球界では「プロ」と「アマ」は、今も高い壁で遮られている。

■ペッパーミルの本当の意味

さかのぼれば1961年中日ドラゴンズが日本生命の柳川福三外野手を強引に引き抜いた「柳川事件」をきっかけとしてプロとアマは断絶し、プロとアマが試合をすることや練習をすることさえ厳禁とされた。

断絶状態は徐々に緩和されはしたが、今でも日本高野連の規定では

「正式入団契約以前に、プロ野球団のコーチを受けたり、練習または試合に参加したもの」は「高等学校野球部員としての資格を失う」と明記されている。

高校球界は今も「高校野球プロ野球とは違う。うちの方が歴史も古いし、別の価値観を有している」という認識が根強い。「流行しているからといって、プロ野球選手パフォーマンスを軽々にマネをするのはけしからん」と思う大人がたくさんいるのだ。

一部に「日本高野連は、失策で出塁した選手がパフォーマンスをしたことをとがめたのではないか」という声が出ているが、日本高野連のコメントは、「ペッパーミルパフォーマンス」そのものを「不要」としている。その認識はなかったはずだ。

前述したように「ペッパーミルパフォーマンス」は、相手チームに見せびらかすものではなく、自軍ベンチに向かって「つないでいこうぜ」というメッセージだから、そもそもその指摘は当たらない。

■「昭和の高校生像」を押し付ける

東北高校佐藤洋監督は、読売ジャイアンツに在籍した元プロ選手であり、少年野球の指導者として永年活躍してきた。

スポーツマンシップ」を尊重し「子供の自主性」を重んじる進歩的な指導者で、昨年8月に東北高校に着任すると、丸坊主を廃止し、練習中に音楽を流すなど「選手が野球を楽しむ」環境をつくってきた。「ペッパーミルパフォーマンス」の意味するところも十分に承知していたはずだ。

日本の高校野球は「高校生らしい振る舞い」を球児たちに求めてきた。全力疾走、全力プレー、目上の人に対する礼儀正しさ、真面目さ、ひたむきさ。

それは、スポーツマンとして大切なことではあるが、同時に「今の若者の気質」と必ずしも相いれるものではない。

生まれたときからスマホがあり、ネットがある環境で育ってきた今の若者は、流行をすぐに取り入れるし、SNSで空間を乗り越えて連帯することができる。

そうした傾向がネガティブに働けば「回転ずしテロ」につながるが、WBCと高校球児が同じパフォーマンスを通じて「連帯する」のは、実に「今」らしい風景だったはずだ。

しかし高校球界の大人たちは「新しいものにすぐに飛びつくのは軽薄だ」と断じたのだ。

ありていに言えば高校野球の言う「高校生らしさ」は、今の高校生の「ありのまま」を反映するのではなく、大人たちが「望ましいと思う高校生像」なのだ。それは「昭和の高校生像」と大差ない。

■「WBCと高校野球は別物」

ワールドカップサッカーブームが来て以来、JFA日本サッカー協会)には大きな収益が入ってきた。日本のサッカー界は一枚岩なので、この収益の一部は青少年世代のサッカー普及活動にも使われている。プロサッカー選手が世界大会で活躍して得た収益の一部は高校生以下のサッカー選手のためにも使われているのだ。

しかしWBCの収益は、MLBMLB選手会、NPBなどに入るが、日本のアマチュア球界がその恩恵に浴することはない。組織が違うし、連携もほとんどないからだ。

2006年の第1回WBCで日本が世界一になると、スポーツ少年団の男子軟式野球団員数は2005年の15万7858人から16万4798人と急増、2007年には17万548人になった。

今回のWBCの日本の大活躍によって、今は10万7033人まで減っているこの数字も、大きく跳ね上がることが予想される。

しかし、高野連など日本のアマ球界は、そのブームを今後の裾野の拡大につなげる方策を持っていない。それどころか「WBC高校野球は別物、関係ない」というメッセージさえ発信しているのだ。セクショナリズムの溝は深い。

■野球離れの責任を痛感せよ

高校生以下の球児の「夢」は、ずいぶん前から「甲子園」ではなく「世界」になっている。WBCは、今の球児たちの「夢」へ向けた開いた窓から見える「青空」のようなものだ。

選抜大会の選手宣誓で選手代表が

WBCで活躍する先輩の皆さん、世界一奪還へ頑張ってください。僕たちも甲子園で精いっぱい頑張り、世界を目指して羽ばたきます」と、言っていたなら、コロナ明けの甲子園は、さらに華やいだはずだ。

要するに今の「野球離れ」の責任の大半は、球児ではなく大人にある。既存の価値観に固執する大人たちは、本当に残念で仕方がない。

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広尾 晃(ひろお・こう)
スポーツライター
1959年大阪府生まれ。広告制作会社、旅行雑誌編集長などを経てフリーライターに。著書に『巨人軍の巨人 馬場正平』、『野球崩壊 深刻化する「野球離れ」を食い止めろ!』(共にイースト・プレス)などがある。

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2023年3月11日、東京ドームで行われたWBCプールBラウンドの日本対チェコ戦で、二塁打を放った日本のラーズ・ヌートバー選手がペッパーミルのパフォーマンス - 写真=AFP/時事通信フォト


(出典 news.nicovideo.jp)

ラーズ・テイラー=タツジ・ヌートバー(英語: Lars Taylor-Tatsuji Nootbaar、1997年9月8日 - )は、 アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス郡エルセグンド(英語版)出身のプロ野球選手(外野手)。右投左打。MLBのセントルイス・カージナルス所属。 アメリカ人の父と日本人の母を持つハーフで、榎田…
24キロバイト (2,543 語) - 2023年3月20日 (月) 12:06



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