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 さあ来た。球春到来。待望の開幕。WBCで燃えたり高校野球で燃えたりしてきたけど、やっぱコレでしょ。ペナントレースでしょ。カープでしょ。しかも新監督ですよ。新井貴浩ですよ。新たなる時代の幕開けですよ。

 という具合に、ファンの期待は絶頂を迎え、その絶頂と共に今日、すなわち開幕戦を迎えた。新生カープの初陣は、果たしてどうなるのか。もちろん勝ってくれると信じているけど、負けたら負けたで「さあ、明日!」。きっとそうなっているはずだ。

 というところまで書き、筆者である私の手は止まった。せっかくのペナントレース開幕、そして文春野球コラムの開幕。大切な日のコラムを文春カープの監督である自分が書くのだから、冒頭の勢いのまま書き上げたい。そう思ってはいたのだが、タイム。ここで少しばかり時間を戻させていただきたい。

新井が監督で本当に大丈夫なのか?

 昨年10月新井貴浩の新監督就任が発表された。そのニュースは驚異的なスピードSNSを駆け巡り、カープファンは大騒ぎ。広島では通常のニュース番組などでもそのことが報道され、一気に盛り上がった。しかし。その一報を最初に目にした時の私の反応は「えっ……マジ?」。喜びよりも驚き、驚きよりも戸惑い、いや、正直に言うと戸惑いよりも不安感に包まれてしまった。

 率直に言うと「大丈夫なの?」。通算2203安打、319本塁打。野球選手としては申し分ない成績を残した彼であるが、49歳の私は知っている。誰よりも野球が下手で、なにもかも粗くて、どうにもならなかった新井貴浩という選手を。そんな新井が監督で本当に大丈夫なのか?

 映画「シン・ゴジラ」ではないが、新井はプロ野球界でも珍しい、様々な「形態」を経た人物だと思っている。まず「第一形態」は若手時代。当時は将来の監督どころか、選手としてまともに成長するかすら怪しい存在だった。2ストライクになれば右ピッチャースライダーで面白いように三振するし、金本からは「ファールフライを捕って歓声が起こる唯一のプロ野球選手」、あるいは「間に合わないと分かってる打球でも飛びついてベンチをチラっと見ますから。俺やってますよ、というアピールで」とイジられ、山本浩二監督(当時)からも「あのトボケ。新井じゃなく粗ゐ(あらい)」と揶揄され、野村元監督からは「新井はねぇ。いや、もう、奇跡ですよ」と言われ。とにかく心配で仕方ない選手だったのだ。

 そんな新井がようやく4番バッターに成長し、不安だらけだったファンが安心して見られるようになったころ。まさに寝耳に水ビックリ仰天のFA宣言を炸裂させ、会見で「カープが大好きなんでツラいです」と号泣。ファンは選手の涙に弱いし、かくいう私もそれを見てウルっときたのだが、冷静になって考えると、違う違う、そうじゃない。なにが「僕が喜んで出ていくんではないということは理解してほしいです」だ。泣きたいのはこっちの方だ。ツラいのはファンの方だ。ここまで辛抱して育ててもらったのに。ようやくまともになったのに。新井は一気に裏切り者となり、辛い(つらい)さんが誕生した。

彼は「シン・アライ」なのだ

 続く「第二形態」。言わずもがな、阪神時代だ。同じようにカープから阪神にFA移籍し、優勝請負人……“兄貴”として阪神ファンの絶大な信頼を得ていた金本の弟分として大歓迎された新井だったが、2010年こそ自己最高の打率・打点・盗塁をマークするも、翌年は打点王に輝きながら併殺打と失策数もリーグトップという、いいのか悪いのかよく分からない結果を残す。中でも併殺打の多さは顕著で、ランナーがいる場面だと「はいゲッツーね」と阪神ファンも相手チームファンもそう思い、実際にそうなり、かつて金本知憲という金看板に守られ阪神ファンから温かい目で見られていた新井の信頼度は下降線の一途を辿る。そして、最終的に「自由契約」。新井の第二形態は、第一形態と同じく中途半端な結果に終わってしまった。

 そしていよいよ「第三形態」。カープ復帰である。といってもこの復帰は球団の温情で、年俸はわずか2000万円。さらに言えば、獲得こそしたものの戦力になるのか、どう使われるのかはまったくの白紙。新井の第一形態、第二形態を知るファンも懐疑的な見方をしていたし、当時の緒方監督も「もしかしたら新井さんも活躍するのか」と苦笑いでインタビューに答えていたほどだ。

 しかし。ここからの新井はスゴかった。黒田と共にチームを盛り上げ、阪神時代の第二形態からは想像もできないようなバッティング技術を見せ、2017年7月7日の“七夕の奇跡”を始め、数々の伝説を残した。かつて私に「新井をカープに返したいんだけど」と言っていた阪神ファンの知人が「なんであれを阪神時代にやってくれなかったの?」と真顔で聞いてきたことがあるが、それは私も同感であり、予想もしなかった活躍ぶりには頭を下げるしかなかった。

 あれ? ちょっと待ってくださいね。私は冒頭で、なにかと心配な新井が監督になることに対し「不安感に包まれてしまった」と書きました。だからこそ第一形態、第二形態を振り返ったわけですし、さらに言えばコーチ経験も無いし、いちいちネタにされるキャラだし、そのあたりも加味してここまで書いてきました。でも、考えてみたら「第四形態」の始まりですよね? なにより第三形態から尻上がりですよね? しかも映画「シン・ゴジラ」だと第四形態のゴジラは完全覚醒してますよね? あれ? これって、もしかして脈ありですか? というか、新井監督が不安だからと言って、私は新井以外のベストな監督を挙げられるんですか? すいません、挙げられません。

 どうやら私は選手時代、特に第一形態と第二形態の新井に抱いていた不安をそのまま現在に移行させてしまったようだ。なんせあのキャラ。球界が誇るネタ製造機。でも、違う違う、そうじゃない(2度目)。彼は「シン・アライ」なのだ。覚醒の第四形態なのだ。チームを「家族」と呼び、明るい雰囲気で引っ張るニュータイプの監督。いきなり上手くいくとは限らないけど、入団時の新井を見て、誰が2000安打を達成すると思っただろう。誰が300本を超えるホームランを打つと思っただろう。ひたすら粗く、ひたすら下手だった男は不可能を可能にしてきた。その男が「監督」になったのだから、これは信じるしかない。なにかは分からないけど、なにかを持っている新井を。第四形態の「シン・アライ」を。チームの……いや、新井家の皆さん。声出し全開の球場で、大いに暴れまわってください。赤い心を見せながら。

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(ガル憎)

笑顔で練習を見守る新井貴浩監督 ©時事通信社


(出典 news.nicovideo.jp)

新井 貴浩(あらい・たかひろ)”. 広島県. 2017年8月6日閲覧。 ^ “広島東洋カープの新井貴浩選手に「駒澤大学栄誉賞」を授与しました”. 駒澤大学 (2016年11月24日). 2017年12月4日閲覧。 ^ 特記ない場合、この節の出典は セリーグ公式サイト ^ スポーツニッポン「新井貴
86キロバイト (11,311 語) - 2023年3月30日 (木) 04:49



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