■ダルビッシュ「選手へのリスペクトに欠ける」「まだそこですかって」
米大リーグ、パドレスのダルビッシュ有(37)がサンケイスポーツ紙(1月16日付)のインタビューで訴えた日本球界への提言が話題を呼んでいる。一部の指導者を直球で「勉強不足」とずばり指摘し、進化を求めたのだ。
これまでも日本球界では当たり前とされてきた投手の「過度な走り込み」についても、たびたび異議を唱えてきたが(※)、今回はもう一歩踏み込んだ内容で表現もストレートだ。(※自身のXで、「野球において『長時間、ただ走れば上手くなる』って思って走っている、または走らせている人たちに対して」の異議だと書いている)
「走り込みは、コーチたちがそれしか手段を知らないから。手段はいろいろあるのに、何となく『お前は下半身が弱いから走れ』っていう方法しか示すことができない。これは、やっぱりその人の人生を考えてもリスペクトに欠けるし、これだけいろんな情報があふれている世の中で、まだそこですかって。その選手の野球人生を終わらせかねない。常にその選手のベスト、今の世の中で提供できるベストを考えるのが指導者だと思う。そこに対する努力はしないといけない」
「リスペクトに欠ける」「まだそこですかって」「選手の野球人生を終わらせかねない」……なかなかに辛辣(しんらつ)と言える。
NPBの監督・コーチが現役時代は指導者に直立不動で「はい」しか言えないような時代だった。しかも、現役時代に優秀な結果を残した元選手が大半で、自身の“野球技術論”にも自信を持っている。そのこと自体は悪くないが、何十年も前のトレーニングが現在も引き継がれてしまっているのはいかがなものかということなのだ。
ダルビッシュはこう続ける。
「バイオメカニクス(運動力学など)とか、そういう勉強をしないで、自分の経験をもとにコーチングするから今の時代にそぐわなくなる。だから、そこに対するフラストレーションを現役選手は抱えている。指導法に根拠がなく、選手が納得できないまま(現役の)時間が過ぎていく。それが当たり前の世界になってしまっている。どうしようもないもどかしさがあるのかな、と感じました」
これは野球界だけの問題ではない。日本のスポーツ界が突きつけられた現実だと筆者は感じている。
■低酸素トレーニングで大躍進した城西大
青山学院大が2年ぶり7回目の優勝を飾った正月の箱根駅伝だが、大会で過去最高順位(6位)を更新する3位に食い込んだ城西大も大きな注目を浴びた。
城西大は直近10年間で箱根出場は7度にとどまっているが、実は、世界大会に羽ばたいた選手を何人も輩出している。正月の大躍進で、早稲田大時代に箱根駅伝のスター選手だった櫛部静二監督の“指導力”が高く評価されている。
なかでも特徴的なのが、櫛部監督が現役時代にはほとんど経験しなかった「低酸素トレーニング」を本格的に導入していることだ。ただ闇雲に走ってトレーニングするのではなく、効果が科学的に実証されているこうしたマシンを使っている。
近年はボックス型の「低酸素ルーム」を寮内に設置しているチームが増えており、低酸素トレーニングは珍しいものではない。ルーム内にトレッドミルやバイクが置いてあり、故障中でも心肺の負荷を落とすことなくトレーニングできるのだ。しかし、たいていの場合は1~2人しか入ることができない。
一方、城西大はトレッドミルを10台設置している「低酸素室」を大学内に完備。夏の暑い時期にも快適な空間で、高強度のトレーニングができるという。実業団時代に母校で低酸素トレーニングを積んだ山口浩勢(現・加藤学園高陸上部副顧問)が3000m障害で東京五輪とブダペスト世界選手権に出場したこともあり、徐々に低酸素室を使用する選手たちが増加。今年の箱根駅伝5区で区間新記録を打ち立ててMVPに輝いた山本唯翔(4年)は多いときで週3回も利用していたという。
大人気の箱根駅伝は競争が過酷になっており、予選会を通過するのは簡単ではない。本格強化している大学でさえも半数近くは出場できない状況なのだ。結果を残せないと、監督は“新たな職場”を探すケースが出てくる。そのため指揮官たちは死に物狂いで指導に当たっている。
では、実業団はどうか。世界大会に複数回出場しているある現役ランナーがこんなことを話してくれた。
「実業団の監督・コーチは指導力がないというか、怠慢だと感じますね。大学は4年間で選手が卒業するので、指導者はいろんなことをアップデートしていかないと、チームを強化できません。一方、実業団は強い選手を獲得すれば、強いチームができあがる。指導者がスキルアップしなくても成り立つんです。しかも、ニューイヤー駅伝である程度の結果を残せば、指導者として生き残ることができる。世界のトップに置いていかれるのは当たり前なのかなと思います」
ニューイヤー駅伝で優勝経験のあるチームで主力だった元選手も「チームが優勝できたのは、コーチングが素晴らしいというより、強い選手が多く入るようになったからだと思いますよ」と本音を漏らしていた。つまり、最先端のトレーニング理論を駆使して、といった工夫はほとんどされていない。選手が大学までに培ったスキルとポテンシャルを実業団でただ浪費しているようなものというのは言い過ぎだろうか。
実業団で本格強化しているチームの8~9割はニューイヤー駅伝(全日本実業団駅伝)に出場できるが、マラソンでは男子の場合、世界記録と日本記録で4分以上の開きがある。世界を本気で目指しているチームはさほど多くない印象だ。大迫傑(東京五輪男子マラソン6位入賞)のように「世界と戦うんだ」という明確なモチベーションを持ち、内外の優れたコーチに積極的に耳を傾ける選手でないと、本当の意味で世界と戦えないだろう。
■最先端の知識をどう生かすのか
駅伝界と対照的なのが、日本のラグビー界だ。
20年以上、各世代のラグビーチームに携わっているトレーナーはこう話す。
「社会人はトップリーグが始まり(2003~04年シーズンから)、大きく変わりました。外国人のストレングスコーチが当たり前になっています。練習だけでなく、戦術面もグローバルスタンダードだと思いますね。一方で大学はさほど変わってないイメージです」
なぜ、大学チームは変わっていないのか。
前出のトレーナーは、「最先端の知識を持つコーチを雇う余裕がないのも理由ですが、指導者の理解もありません。自分が現役時代にやったことがないので、よくわかっていないんです。そのため、最先端の知識を効果的に使っている大学が少ない印象です」とあきれ顔だ。
トップリーグはスタッフが充実しているだけでなく、各チームに選手は45~50人ほど。でも、大学の強豪チームは部員が100人を超えることも珍しくなく、最先端のトレーニングを部員全員が行うのが難しいという面もある。しかし、一番の原因は指導者の勉強不足だろう。さらに上の意見が絶対な体育会系特有の人間関係も影響しているようだ。
「大学スポーツは体育会系色がいまだに色濃く残っています。年功序列の世界なので、監督に逆らうようなコーチや選手がほとんどいないんです」(トレーナー)
そうした古い体質の組織がある一方で、指導スタイルを大幅チェンジして大成功した競技もある。日本のスピードスケートだ。
2014年のソチ五輪はメダル0に終わったが、2018年の平昌五輪はメダル6個と大躍進している。ソチ五輪で23個のメダルを獲得したオランダからヘッドコーチ、ストレングストレーナー、メカニックなどを招聘(しょうへい)。科学的データに基づくトレーニングを導入して、ナショナルチームとして年間を通して強化を図った。なかでもフィジカル面での成長が大きかったという。
フィジカル面でいうと、冒頭のダルビッシュの言葉を思い出してほしい。日本の高校野球ではいまだに2リットルのタッパーに大量の白米を詰め込んだ弁当を食べ、体を大きくすることが「食トレ」と勘違いしている関係者は少なくない。
体重を増やしたいのか、筋肉量を増やしたいのか。言うまでもなく、筋肉を大きくするのは炭水化物ではなく、タンパク質がカギになる。トレーニングと食事(補食を含む)を見直す必要があるのだろう。
現在はさまざまな情報が簡単に入手できる時代だ。学ぼうと思えば、いくらでもトレーニングはアップデートできる。指導者だけでなく、選手も正しい知識を身につけて、効率よく、スキルアップしていくべくだろう。
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スポーツライター
1977年、愛知県生まれ。箱根駅伝に出場した経験を生かして、陸上競技・ランニングを中心に取材。現在は、『月刊陸上競技』をはじめ様々なメディアに執筆中。著書に『新・箱根駅伝 5区短縮で変わる勢力図』『東京五輪マラソンで日本がメダルを取るために必要なこと』など。最新刊に『箱根駅伝ノート』(ベストセラーズ)
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(出典 news.nicovideo.jp)
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