清原和博

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プロ野球選手元木大介氏が、YouTubeチャンネル高橋尚成のHISAちゃん』で9日に公開された動画「【赤裸々】巨人コーチ退任の真相! 監督候補には挙がっていた‼︎もしも元木監督誕生なら打撃コーチは清原さん! 首脳陣も勝手に大発表【元木大介さんコラボ(1)】」に出演。もし自身が監督になるなら、清原和博氏にコーチ就任要請をすると語った。

2019年シーズンから2023年まで巨人のコーチを務めた元木氏。高橋尚成氏が「もしも元木さんが監督になってたら、ヘッドはまず誰だった?」と聞くと、ヘッドコーチには二岡智宏氏を指名する。さらに、ピッチングコーチ槙原寛己氏など、自身が監督になったときのチーム体制をイメージしていくなか、バッティングコーチを誰にするかという話題で、高橋氏が高橋由伸氏や清水隆行氏、清原氏らを提案すると、元木氏は「俺、キヨさん呼ぶわ」と得心した表情を浮かべる。

そして、「俺、キヨさんに言ったから。『俺が監督やったら呼ぶよ?』って」とニヤリと笑いつつ、「『キヨさんも頑張ってるんだからさ』って言って。頑張ってる人をほったらかしにしちゃダメ。ここで話すことじゃないけど、バッティングコーチでキヨさんを呼びたいね」としみじみ。この話を聞き、高橋氏が「それもまたかっこいいね。面白いね」とうれしそうに話すと、元木氏は「『ただ、俺の言うこと聞いてよ!』って(笑)。『監督室とかだったらいいけど、人前で大介って呼ばないで』って(笑)」と冗談めかして、笑いを誘っていた。

【編集部MEMO
巨人メジャーリーグで活躍した高橋尚成氏。YouTubeチャンネル高橋尚成のHISAちゃん』では、宮本慎也氏や谷繁元信氏、上原浩治氏をはじめとする球界のレジェンドとの対談動画が人気を博しているほか、古田敦也氏の公認弟子でもあるギャル系野球女子めいちゅんとのコラボ動画「【検証】高橋尚成の全力スクリューでめいちゅんビタ止め阻止できるのか!? 硬球での本気投球解禁でガチンコ対決! これがメジャーの強打者を翻弄した魔球だ!【衝撃】」の再生回数が99万回を超えるなど、注目を集めている。

画像提供:マイナビニュース


(出典 news.nicovideo.jp)

元木 大介(もとき だいすけ、1971年12月30日 - )は、大阪府豊中市出身のプロ野球選手(内野手、外野手)、タレント、野球指導者。右投右打。 2019年シーズンから2023年まで読売ジャイアンツのコーチ。2024年からは「ジャイアンツアカデミー」の校長。 愛称は長嶋茂雄が命名し、自叙伝の題にもなった「クセ者」など。…
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かつては自身のことを「ワイ」「ワシ」「オレ」と呼ぶ男性がいたが、現在では「僕」と呼ぶ人がもっぱらになっている。歴史研究者で日本語教師の友田健太郎さんは「『ワシ』という一人称トレードマークだった野球選手の清原和博さんも『僕』を使うようになっている。ここからは着実な時代の変化を読み取ることができる」という――。

※本稿は、友田健太郎『自称詞〈僕〉の歴史』(河出新書)の一部を再編集したものです。

■自称詞「ワイ」が定着していた清原和博

「僕がMVP(最高殊勲選手)をとったかどうかではなくて、日本の野球が世界に勝てるんだという。みんなが一つになって、本当に楽しい時間でした」

2023年3月22日(日本時間)に米マイアミで行われた「第5回ワールド・ベースボール・クラシックWBC)」決勝戦後の記者会見日本代表の中心として活躍した大谷翔平選手は、優勝と自身のMVP獲得という、最高の形で締めくくった大会をこう振り返った。

大会を通じて、日本中に大谷選手の姿があふれ、まさに時代のヒーローとなった。そんな大谷選手が記者会見インタビューなどで使う自称詞〈僕〉は、さわやかでりりしいイメージにぴったりはまっている。大谷選手だけではない。最高齢選手で「精神的支柱」とも言われたダルビッシュ有投手から若手選手たち、さらには栗山英樹監督まで、日本代表メンバーは公の場ではもっぱら自称詞〈僕〉を使った。

2023年現在、そのことに違和感を抱く人はまずいないだろう。しかし、考えてみれば、かつての野球界では、〈ワシ〉〈ワイ〉といったいかつい印象の自称詞が当然のように飛び交っていた。いつの間にか、そうした自称詞は使われなくなり、ビジネスマナーではNGのはずの〈僕〉が、公の場の「正解」のはずの〈私〉をも押しのけて、すっかり一般的になっているのである。考えてみれば不思議なことである。

「おう、ワイや。巨人の番長、清原和博や」。元プロ野球選手清原和博さんを扱った雑誌記事の書き出しだ(*1)大阪府岸和田市出身の清原さんの現役時代、雑誌『FRIDAY』では、自称詞〈ワイ〉で話す形で多くの記事が書かれ、一種の名物となっていた。もちろん書いたのは記者。清原選手が話したものでないことは読者には明らかだったが、監督批判や同僚選手の悪口など、言いたい放題の内容が清原選手の名を借りて書かれた。いかにも清原選手が言いそうだということだったのだろう。

(*1)舩川輝樹著『おうワイや!清原和博番長日記―1997|05→2003|05』(講談社、2003)p.8

■野村克也や江夏豊も「ワシ」を使っていた

『FRIDAY』に掲載された写真の清原さんは、しばしば記者をにらみつけ、高級車で六本木や赤坂に夜遊びに出かけたり、様々な女性と付き合ったりと、「豪快」で「男らしい」イメージを振りまいていた。

清原選手に関しては、〈ワイ〉だけでなく、他の雑誌やスポーツ新聞では〈ワシ〉とした記事も多く見られた。〈ワイ〉〈ワシ〉はどちらも〈私〉が変化したものだが、清原選手が生まれ育った関西などで男性が使い、「男っぽさ」を強く感じさせる自称詞である。清原選手がどこまで本当に〈ワイ〉〈ワシ〉と言っていたかはよくわからない。TV番組などで自称詞が話題になり、〈ワイ〉や〈ワシ〉などは「言わない」と否定したこともあるという(*2)

しかし、記事の中には直接の発言の引用で〈ワシ〉と書いてあるものもあり、まったく使わなかったわけでもないようだ。プロ野球には昔から清原選手のような関西出身者が多く、野村克也さんや江夏豊さんなど、清原選手の前にも〈ワシ〉を使った人はしばしばいた。関西では今でも、少数ながら若い男性でも〈ワシ〉や〈ワイ〉を使う人はいる(*3)

清原選手の場合も実際に口にしたことはあるのだろうが、それがいかにもキャラクターにふさわしいと思われて、記事などで過剰に使われたのだろう。その結果、清原選手と言えば〈ワイ〉〈ワシ〉というイメージが定着してしまった。

(*2)舩川輝樹著『おうワイや!清原和博番長日記―1997|05→2003|05』(講談社、2003)p.169
(*3)村中淑子「関西方言の自称詞・対称詞に関する覚え書き」(『現象と秩序』3 pp.69-80)では2015年7月に大阪・神戸の大学生を対象に行った調査の結果が掲載されているが、男子大学生15人のうち、2人がふだん友達と話す時に使う自称詞の一つとして〈ワシ〉を挙げており、ほかに〈ワイ〉〈ワテ〉も一人ずつが挙げている。

■野球選手は「僕」を使うようになった

しかし、引退から十数年を経た今、清原さんが〈ワイ〉〈ワシ〉で話すことはない。

新聞などに登場するときも、もっぱら〈僕〉である。覚せい剤で逮捕されるという挫折を味わったこともあるが、現役時代こわもてと言われた容貌もぐっと柔らかく、ソフトになった。その間に、野球界も大きく変わっている。

今回のWBCではチームの中心となったダルビッシュ投手や大谷選手が若手に積極的に声をかけ、率先して和気あいあいとした雰囲気作りに努めた。それがチームの結束を強め、優勝という成果にもつながった。優勝後の記者会見で、ダルビッシュ投手は「(前回優勝した2009年)当時も素晴らしいチームでしたけど、今はフィールド外で笑顔があふれていますし、仲良く、チームとして一致団結している感じがしています」と振り返った(*4)

ダルビッシュ投手は大会中に公開された動画(*5)で、野球界で口にされがちな「最近の若い子は根性がない」といった言葉について、「僕らの世代では最低でもそれは止めなアカンと思ってる」と発言し、年功序列の伝統を乗り越える必要性を強調している。

また大谷選手は、7歳年下の宮城大弥投手に「タメ口でこい」と声をかけ、その後宮城投手が「おはよう、翔平」とあいさつをすると、「いいね!」と親指を立てて答えたという(*6)。かつての野球界では考えられないことだ。清原さんの自称詞の変化。それは清原さん個人を超えて、時代の変化を映し出しているのではないだろうか。

(*4)朝日新聞2023年3月23日
(*5)Baseball Channel by高木豊 【衝撃】ダルビッシュWBC出場の裏には“大谷翔平からのLINEが…”永久保存版変化球論」(9分30秒)
(*6)サンケイスポーツ2023年3月23付

■厳格な雰囲気のある大相撲でも「僕」が増えている

野球に限らず、近年のスポーツ界では男性の自称詞として〈僕〉が一般化している。

2022年に中国・北京で開かれた冬季五輪でも、フィギュアスケート羽生結弦、鍵山優馬、宇野昌磨の各選手や、スキージャンプノーマルヒルで金メダルを獲得した小林陵侑選手、スノーボード平野歩夢選手など、注目選手はこぞって〈僕〉を使っていた。巨漢たちが裸でぶつかり合い、かつては〈ワシ〉で話す人も多かった大相撲でも、最近は〈僕〉を使う力士が多くなっている。

共に大関を経験した御嶽海(みたけうみ)久司(ひさし)さん、正代(しょうだい)直也(なおや)さんなどが筆頭だ。御嶽海関は明るい笑顔がトレードマークだ。「近寄りがたい大関が本当は目標ですけど、僕の性格上、みんな話しかけてくれるので(*7)」。

フィリピン出身の母マルガリータさんは「玄関の掃除も、掃除機がけもしてくれる。宿題が終わると、『僕、何すればいい?』と必ず聞くんです」とすすんでお手伝いをした少年時代を振り返っている(*8)。正代関は十両昇進の記者会見で「できればみんなと当たり(対戦し)たくない」と発言、「ネガティブ力士」の異名をとった(*9)

他部屋との合同稽古で「僕はみんなとワイワイしたい」と話すなど(*10)、闘志を露わにしない柔和な雰囲気は、これまでの力士のイメージを打ち破っている。

相撲界ではかつては暴力的なしごきがはびこり、死者も出て問題化した。しかし、御嶽海さんや正代さんの存在は、そんな空気が今、大きく変わりつつあることを示しているようにも感じられる。〈僕〉という自称詞の柔らかい雰囲気が、その変化を演出している。

(*7)朝日新聞2022年1月27日
(*8)『婦人公論』2018年9月11日
(*9)東京新聞2020年10月1日
(*10)スポーツ報知2020年10月16日

■不良のイメージがあるEXILEは「俺」を使わない

黒っぽい衣装にサングラス、ひげ、スキンヘッド……。テレビで活躍するダンス&ボーカルグループEXILEメンバーは、こわもての印象がある。

しかし、メンバーが口を開くと――「当時、僕、メイクとかしなくて坊主だったから(ATSUSHIさん)(*11)」「今の時代に何か少しでも僕たちの存在が、微力ながらでも何か力になれるような活動をしていきたい(AKIRAさん)(*12)」「僕が思うEXILEってやっぱりこう、こう言っちゃなんですけどちょっと不良というか(TAKAHIROさん)(*13)」。

EXILEメンバーの使う自称詞は圧倒的に〈僕〉が多い。対談などでたまに〈俺(おれ)〉になることはあるものの、ルールがあるのかと思うほど〈僕〉で統一されている。また、デビュー曲「Your eyes only〜曖昧なぼくの輪郭(かたち)〜」や「僕へ」など曲名や歌詞にも〈僕〉が多く使われており、一方〈俺〉を使った曲名や歌詞はないようだ。

EXILEのような「こわもて」イメージの音楽グループはこれまでにもいくつかあった――宇崎竜童さん率いるダウンタウンブギウギバンド矢沢永吉さんらのキャロル、横浜銀蝿など――が、メンバーは〈俺〉で話していた印象が強い。それを考えるとEXILEメンバーの〈僕〉使いは意外な感じもする。そこにはEXILE創始者のHIROさんの考えがあるようだ。

(*11)【悪い顔選手権】激おこATSUSHIMATSUに物申す‼ 
(*12)EXILE加入時の貴重映像も満載!】EXILEAKIRAが語る、EXILE魂の原点(23分10秒)
(*13)【BarATSUSHIEXILETAKAHIROご来店!前編(3分47秒)

■芸能界で身につけた「下から目線」

HIROさんにはこれまでに2冊の著書があるが、1冊目の『Bボーイサラリーマン(*14)ではこわもてのイメージ通り、〈俺〉を使っている。ところが、二冊目の『ビビリ』(*15)では、一部を除いてすべて〈僕〉になっている。

〈俺〉を使うのは、妻である女優の上戸彩さんへの思いを「俺よりもものすごい経験をいっぱいしていて」(*16)と書く箇所など例外的だ。『ビビリ』でHIROさんは「人と接するときは、基本は下から目線がいい」(*17)と謙虚さの重要性を説いている。競争が熾烈(しれつ)な芸能界で身につけた知恵だろう。

HIROさんはそんな考えから〈俺〉よりも謙虚に聞こえる〈僕〉を使うようになり、またメンバーにも勧めているのかもしれない。メンバー世代交代の影響もあり、最近のEXILEは外見のイメージも、以前よりもぐっとソフトになってきている。

(*14)幻冬舎2005
(*15)幻冬舎2014
(*16)同右p.287
(*17)同右p.213

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友田 健太郎(ともだ・けんたろう)
歴史研究者、日本語教師
1967年生まれ。放送大学修士(日本政治思想史)。1991年東京大学法学部卒。新聞社勤務後、ニューヨーク州立大学バッファロー校にて経済学修士号を取得。著書に『自称詞〈僕〉の歴史』(河出新書)、訳書にルーク・S・ロバーツ『泰平を演じる 徳川期日本の政治空間と「公然の秘密」』(岩波書店)がある。

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自主トレーニングの調整状況について記者の質問に答えるオリックス・清原和博内野手(=2006年1月11日東京都港区三田) - 写真=時事通信フォト


(出典 news.nicovideo.jp)

清原 和博(きよはら かずひろ、1967年8月18日 - )は、日本の元プロ野球選手(内野手、右投右打)、野球評論家、タレント、YouTuber。大阪府岸和田市出身。愛称はお祭り男、(球界の)番長。2019年よりワールドトライアウトの監督を務める。 高校野球の甲子園大会での通算本塁打数の最多記録保持者(13本。春に4本、夏に9本)。…
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清原和博

プロ野球選手清原和博氏が5日、自身の公式ツイッターを更新。現役時代に大乱闘を繰り広げた相手との2ショットを公開した。

【画像】大乱闘したのはこの2人


■中日のキャンプ地訪問

きのう清原氏は、中日ドラゴンズキャンプが行われている沖縄・Agreスタジアム北谷へ。PL学園の後輩である立浪和義監督と会ったといい、さらに「平沼さんに再会できてうれしかった」と笑顔で撮影した1枚を投稿した。

「平沼さん」とは、中日などで投手として活躍し現在は用具係を担当している平沼定晴さんのことなのだが、過去に2人は大乱闘を繰り広げている。


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■死球受けヒップアタック

それは1989年9月23日の試合。当時西武ライオンズだった清原氏は、千葉ロッテマリーンズの平沼さんとの対決で死球を受ける。

激怒した清原氏は平沼さんに向かってバットを投げつけ、突進。強烈なヒップアタックお見舞いし、両軍入り乱れての大乱闘に。この事件はプロ野球名シーンとして今も語り継れている。


■「笑顔のお2人が見られるなんて」

そんな因縁の相手だった平沼さんとは、1年前に清原氏のYouTubeで共演。そして今回の笑顔の再会と、現在は良好な関係を築いているようだ。

ファンからは「お2人の仲の良さが伝わってきます」「平沼さんの笑顔がなんとも言えない。2人の笑顔が最高!」「すごいツーショットですねー。あの事件を知っている人も少なくなったと思いますが、懐かしい」「再会してツーショットで笑顔のお2人が見られるなんて思いもよりませんでした」と反響が集まっている。

■大乱闘したのはこの2人


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(文/Sirabee 編集部・RT

清原和博氏、伝説の大乱闘を繰り広げた相手と再会 笑顔の2ショット披露


(出典 news.nicovideo.jp)

清原 和博(きよはら かずひろ、1967年8月18日 - )は、日本の元プロ野球選手(内野手、右投右打)、野球評論家、タレント、YouTuber。大阪府岸和田市出身。愛称はお祭り男、(球界の)番長。2019年よりワールドトライアウトの監督を務める。 高校野球の甲子園大会での通算本塁打数の最多記録保持者(13本)。日本プロ野球…
184キロバイト (28,451 語) - 2023年2月2日 (木) 13:55


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 あの清原和博氏の中日ドラゴンズへの「浸食ぶり」に、多くの球団関係者が嘆息している。

 清原氏は、先ごろ出演した名古屋ローカルラジオ番組で、PL学園の後輩で中日の立浪和義監督と対談した。その場で立浪監督から、2023年2月の沖縄・北谷での春季キャンプに「遊びがてら来ていただきたい」とオファーを受けたのだが、この突然の「招待」にブーイングが起きているのだという。ベテラン野球記者が明かす。

「就任1年目を最下位で終えた後輩に清原氏は、『年が明けたら戦闘モードに入って』とやんわりとクギを刺したんです。そして、そんな先輩に気を遣ってか、立浪監督が切り出したのがキャンプへの招待だったのです」

 半ば球界から追放を受けていた形の清原氏が、2022年2月に、2014年以来となるキャンプ地訪問が実現したのも、立浪監督の後押しが大きいと言われている。

「そもそもOBでもない清原氏が、なんでここまで中日に関わってくるのか。確かに立浪監督の尽力により、清原氏のもとには野球関係の仕事が入るようになりましたが、そんな監督の『清原びいき』にうんざりしている中日関係者は多いのです。一部の選手は『監督はまたあの人を呼ぶんですか』と険しい表情を浮かべていますよ」(球団OB)

 このオフには複数の電撃トレードを敢行したが、来シーズンもBクラスの可能性がある立浪中日。「歓迎されない」清原氏のキャンプ来訪で、選手の士気が下がるようなことにならなければいいが。

アサ芸プラス


(出典 news.nicovideo.jp)

PLの絆?

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プロ野球選手清原和博氏が11日、YouTubeチャンネル松坂大輔 official YouTube』に出演。動画「【神コラボ最終回】感涙…松坂大輔の言葉に清原和博の感情が込みあげる! 2000安打記念に松坂が贈った直筆メッセージ入りグラブ公開【清原和博コラボ(3)/3】」内で、2,000本安打達成時に松坂大輔氏から受けたという粋な計らいを明かした。

動画終盤、清原氏の2,000本安打達成の裏側を話す流れに。達成時、元同僚である石井貴氏(現在は東北楽天ゴールデンイーグルスの投手コーチ)に「松坂大輔からグラブ貰ってくれないか? 2,000本安打記念に」と頼んだという清原氏。

すると、清原氏の元に松坂氏が試合で使っていたグローブが届けられたのだが、そこには「清原和博様へ。2,000本安打おめでとうございます」との文面から始まる直筆の長文メッセージサインが書かれていたという。

「普通に『おめでとうございます』って書いてくれると思ったら」「この時から(『目標とする選手です』と)言ってくれてるの」「これは僕の宝物でね」「お母さんの遺影と自分が使ってたヘルメットと大輔のグラブ」「ずっと飾ってる」と明かした。

この話を聞いた松坂氏は「僕はもうまさか(グローブが欲しいと)言われると思ってなかったので、『逆にいいんですか?』って。もう喜んで贈らせてもらいますと」と当時の心境を振り返っていた。

画像提供:マイナビニュース


(出典 news.nicovideo.jp)

清原 和博(きよはら かずひろ、1967年8月18日 - )は、日本の元プロ野球選手(内野手、右投右打)、野球評論家、タレント、YouTuber。大阪府岸和田市出身。愛称は「お祭り男」、「(球界の)番長」。2019年よりワールドトライアウトの監督を務める。 高校野球の甲子園大会での通算本塁打数の最多記録保持者(13本)。日本プロ野球…
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清原和博は松坂大輔のファン?

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